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“なんちゃってスクラム”から脱却する「プロフェッショナルスクラム」とは?「虎の巻」書籍翻訳チームが語る実践ポイント

スクラムを導入する組織が増える一方で、形だけの“なんちゃってスクラム”に陥り、本来の価値を発揮できずに悩むチームも少なくありません。スクラム共同開発者であるケン・シュウェイバー氏が設立した団体Scrum.org™が、そうした課題を乗り越える鍵として提唱しているのが「プロフェッショナルスクラム」の考え方です。

ITプレナーズは2025年9月5日、書籍『プロフェッショナルスクラム虎の巻』(同年7月刊行)を題材にオンラインセミナーを開催しました。同書は、スクラムに取り組む多くのチームが直面する課題を解決し、価値ある成果を生み出すための具体的な道筋を示しています。

セミナーには、日本語版の翻訳に携わった5名の実践者が登壇。書籍の各章を紹介しながら、現場経験に基づく具体的な実践ポイントを語りました。本レポートでは、その内容を章ごとに整理し、プロフェッショナルスクラムの核心に迫ります。

登壇者

高江洲 睦氏 有限会社 StudioLJ 取締役/沖縄人アジャイルコーチ(あじゃいるんちゅ)
水野 正隆氏 株式会社オージス総研 コンサルタント/アジャイルコーチ
斎藤 紀彦氏 グロース・アーキテクチャ&チームス株式会社 アジャイルコーチ
木村 卓央氏 合同会社カナタク 代表社員/アジャイルコーチ
花井 宏行氏 アジャイルコーチ

「プロフェッショナルスクラム」とは?

まずは、高江洲氏より「プロフェッショナルスクラムとは何か」というテーマからセッションが始まりました。

Scrum.org™のウェブサイトによると、プロフェッショナルスクラムについて、「スクラムを効果的に活用するためには、フレームワークの仕組みや基本を単に守るだけでは不十分である。働き方や考え方に対するマインドセットの技法、そしてそれを支える信頼を含む環境が求められる」と紹介されています。

具体的には、以下の5点が重要だと示されました。

・スクラムの価値基準:5つの価値基準(確約、集中、公開、尊敬、勇気)を理解して実践する
・成長のマインドセット:チームだけでなく、組織全体が成長を重視し、お互いにサポートする
・アウトカム重視:顧客満足度やソフトウェアの価値を追求し、実験・検査・適応を繰り返す
・継続的な学習と自己啓発:経験主義に基づき、チーム内での助け合いと外部とのつながりから学ぶ
・倫理的な行動:プロフェッショナルとしての規範を受け入れ、遵守する

これらを実践できないと、「インクリメントを完成させられない」「イベントの形骸化」「スプリントの中で要件定義やテストを行うなど、実質的なウォーターフォール型で進行してしまう」など、機能不全(「なんちゃってスクラム」)に陥ってしまうと指摘します。

スクラムの実践を継続的に改善する7つのポイント

では、「なんちゃってスクラム」を脱却し、スクラムのプロフェッショナルとして日々改善していくにはどうすればよいのでしょうか。

書籍の第1章「スクラムの実践を継続的に改善する」には、その解決策として、焦点を当てるべき7つの重要分野が示されています。いずれも、スクラムの実践において欠かせないキーワードです。

・アジャイルなマインドセット:「アジャイルソフトウェア開発宣言」をはじめとする原則
・経験主義:透明性/検査/適応の3本柱を強化するもの
・チームワーク:クロスファンクショナル/自己組織化/協働/安定
・プロダクト価値:顧客ニーズとプロダクトビジョンとの整合・価値の測定
・チームのアイデンティティ:チームの目的/価値観/ビジョン(チームとしてのありたい姿)
・チームのプロセス:自分たちならではのやり方の定義・継続的改善
・組織:文化や構造の発展

本章の翻訳を担当した高江洲氏は「スクラムには“ベストプラクティス”はない」と説明します。原則に立ち返り、組織・チームの状況や目指す価値に応じて、仮説を検証し、得られた示唆をプロダクトに反映していく重要性が強調されました。

メンバーに求められる“プロフェッショナル”としてのあり方

書籍の第2章「強力なチームの土台をつくる」では、「スクラムチームの良きメンバーとはどのような人か」「誰がスクラムチームに入るべきか」というテーマが取り上げられています。

セミナーで本章を紹介した花井氏からは、良いメンバーの条件として、特に以下の3点が挙げられました。

・個人の選り好みよりもチームの目標を優先してコミットする
・感情的知性を持ち、自分の感情やふるまいが周囲に与える影響に対して意識的になる
・内発的動機づけ(自律・熟達・目的)を持ち、常に成長と改善を続けていく

さらに「誰がチームに入るべきか」という問いに対しては、花井氏より印象的な答えが紹介されました。

『入りたい人なら誰でも』です。自ら手を挙げて参加するからこそ、コミットメントと成長マインドセットが生まれます」

ただし、チームは目的の達成を目指すため、受け入れ側・参画する本人は、それぞれ以下の点に注意が必要です。

受け入れ側のチームメンバー:

目的やチームの現状(人数、ケイパビリティ)に応じて「誰をメンバーに迎えるか」を自分たちで考え、選択する責任を持つ

参画する本人:

得意不得意に関わらず、全体の成功に進んで貢献する姿勢を持つ

また、マネジメント職に就いている方に向けて、マネージャーの心構えについても花井氏の視点で付け加えられました。

マネージャー:

新たなメンバーがチームの一員として役割に応じた説明責任を果たせるよう、十分な権限と時間、情報アクセスを与える

また、スクラムを実践するすべてのメンバーに向けて「プロフェッショナルたれ」という言葉も投げかけられました。役割に応じたスキルはもちろん、さらに多角的な知識・スキルを得て、一人ひとりが自らのスキル・知識、ケイパビリティに対して、常に「検査」と「適応」を行い自己研鑽を行うこと。それがチーム全体の土台を強くするのだと強調されました。

プロダクトの価値をユーザーに届けるために

書籍の第4章は「ユーザーに価値を届けるとは何か」がテーマとなっています。

紹介された調査によれば、開発された機能の65%以上は実際に使われていないそうです。そこで、本章について紹介した斎藤氏からはこのような投げかけがありました。

「皆さんのプロダクトは本当に使われていますか?利用状況を計測し、日々チームで話題にしていますか?」

スクラムの本質は『早く多く作る』ことではなく、顧客やユーザーから頻繁にフィードバックを得て改善を繰り返すことにあります。集めた声やデータを検査し、次の開発に適応する。このサイクルを回すことがプロフェッショナルに求められる姿勢です」

では、誰からフィードバックを得るべきか。ここで紹介されたのが「ペルソナ」です。ユーザー像を具体的に定義し、その人物が達成したいゴールを共有することで、プロダクトに関わる全員が「この人のために作る」という意識を持つことができます。

さらに、ネット・プロモーター・スコアやユーザー数、顧客が節約できた時間など、文脈に応じた指標を設定して検証していくことが推奨されました。

続いて、「仮説駆動開発」という考え方も紹介されました。たとえば「この機能を入れれば、ユーザーの行動がこう変わるはずだ」と仮説を立て、実際に数値や利用状況を観察して確かめる。自分たちのアイデアは、まだ仮説にすぎないと共通認識を持ったうえで開発を進めるのがポイントになります。

最後にユーザーストーリーについても触れられました。実装の詳細を書き込みすぎて「仕様書化」してしまうケースが多いと指摘します。本来は、最小限の記述を手がかりに会話を重ね、どのようにテストするかをすり合わせていくためのツールとして活用することが推奨されました。

スプリントレビューも「完成報告」にとどまらず、当初の仮説が正しかったかどうかを確認し、新たな仮説を話し合う場にすることが大切だとまとめられました。

「スクラムチームはものを生産する工場ではなく、実験室のような存在です。ユーザーからのフィードバックを実験として取り込み、改善につなげていくことが、価値を高めるスクラムの本質なのです」

個人・チームを超えて、組織全体の進化へ

第7章では、チームの外側にある「組織構造や文化」がしばしばスクラムの妨げになる、という課題が取り上げられました。本章を紹介した木村氏は、最初にチーム単体の改善では限界があると語ります。

「スクラムチームがいくら改善しても、組織の仕組みがウォーターフォール前提だったり、メンバーが常に兼任だったりすると成長は頭打ちになります。スクラムの成長には、組織全体の進化が欠かせません」

また、スクラムチームが直面しがちなスクラム実践における阻害要因として、以下の例が挙げられました。

・アジャイル開発を導入しているのに、依然としてウォーターフォール的な承認フローに縛られている
・メンバーが専任ではなく、兼任前提で配置されてしまう
・プロジェクトごとに人を集め、終了後に解散してしまう「プロジェクト型」の調達戦略
・外部委託への過度な依存によって、チーム文化やアイデンティティが希薄になる

さらに「プロジェクトが立ち上がるたびに人を集め、終われば解散する。こうした“プロジェクト型”のやり方では、チームはいくら成長しても存続できず、安定したスクラムチームにはなり得ません」と具体的に指摘されたほか、外部委託への過度な依存もリスクだと語られました。

一方で、大規模な組織変革をいきなり進めるのは容易ではありません。最後に木村氏より、以下の言葉で締めくくられました。

「スクラムメンバー一人ひとりがプロフェッショナルとして学び続け、まずは小さな成功を積み重ねること。それがやがて組織全体を動かす力になります」

まとめ:「なんちゃってスクラム」から脱却するには

セミナーのまとめとして、水野氏より「どうすれば“なんちゃってスクラム”から脱却できるのか」という問いに対して、全体を総括するメッセージが示されました。

“なんちゃってスクラム”を抜け出すためには、一足飛びの特効薬はなく、地道な改善の積み重ねが必要です。水野氏からは次の3つの実践ポイントが示されました。

1.現状を正しく認識する

チームだけでなく関係者も巻き込み、率直に「今の状態」を話し合うことが出発点です。その際、特定の誰かを責めてしまうと相手は防衛的になり、透明性が失われてしまいます。書籍のチェックリストなどを活用して、客観的にふりかえってみましょう。他チームとの比較ではなく、自分たちの改善材料として活かすことがポイントです。

2.ありたい姿を共有する

スクラムやアジャイルを実践する上で、組織やチームが「どこに向かいたいのか」を描き、全員で共有することが欠かせません。同じ「アジャイル」という言葉でも、スクラムを指す人もいれば、内製化やリーンスタートアップ的な取り組みを思い浮かべる人もいます。まずはお互いの理解や現在地(立場や意図)を理解し合い、そこからありたい姿を明確にするのが近道です。

3.特効薬はない、地道に一つひとつ改善していく

スクラム実践や改善活動に、銀の弾丸はありません。まずは基本の型を学び、方向を示してくれるガイド(書籍やアジャイルコーチ)を携えることが大切です。改善は一度にすべてやるのではなく、一つずつ積み重ねていくこと。さらに、自分の組織に閉じず、外部の意見や社外コミュニティから学ぶことで新たな視点や助けを得られます。

「スクラムとは、より多くのものを作ることを助ける仕組みではありません。小さな改善を積み重ね、プロフェッショナルとして学び続ける。その継続が“なんちゃって”から脱却し、本来のスクラムを実現する力になるのです」


セミナー中はコメントや質疑応答も盛り上がり、盛況のうちに終了しました。
本編はアーカイブ動画でも公開されていますので、ぜひあわせてご覧ください。
「プロフェッショナルスクラム」についてより深く理解を深めたい方は、今回のセミナーの題材となった書籍『プロフェッショナルスクラム虎の巻 ビジネスアジリティ最大化への道』もぜひご参照ください。

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