企業が注力するDX推進や組織変革、あるいは新規事業の立ち上げやプロダクト開発。 プロジェクトには優秀なメンバーが集まり、一見するとチームは順調に動いているように見えても、「なぜか期待したような成果に繋がらない」「誰も使わないものが出来上がってしまう」……そんな経験はありませんか?
実はその停滞の要因は、スキルの不足ではなく「プロダクトオーナー(PO)」という役割の不在、もしくはその立場の人が適切な振る舞いを行えていないことにあるかもしれません。
プロダクトオーナーとは、アジャイル開発の手法の一つである「スクラム」における役割の名称です。スクラムガイドによれば、プロダクトオーナーは、プロダクトの価値を最大化することの結果に責任を持つ、いわば事業のプロデューサーのような存在です。
本記事では、学園祭の準備という身近な例えを交えながら、ビジネス現場によくある失敗の正体と、プロダクトオーナーが果たすべき真の役割、そして今なぜその育成が急務なのかについて解説します。
プロダクト開発を「学園祭でお化け屋敷を作るクラス」に例えて考えてみましょう。
クラス会議では、次々と楽しそうなアイデアが出てきます。
「プロジェクターを使って最新のホラー映像を流そう!」
「本物そっくりの豪華な衣装を人数分揃えたい」
「迷路を複雑にして、15分は出られない仕掛けにしよう」
「入口にはSNS映えする巨大なフォトスポットを作ろう」
クラス全員の「やりたい!」をすべて取り入れた結果、どうなるでしょうか。 予算は一瞬で底をつき、準備期間は足りず、当日は「映像が映らない」「迷路は未完成でスカスカ」「一方で衣装は不釣り合いに手が込んでいる」という、中途半端な出し物が出来上がってしまいます。
こうした悲劇は、クラス全体を一つの「スクラムチーム」に見立てて役割を整理すると防げるかもしれません。
衣装や大道具を製作する役割、準備過程全体を見ながらチームを支える役割に加え、そもそも「どんなお化け屋敷にすれば、お客さんが一番喜んでくれるか?」という価値から考え、やるべきことの優先順位を決める「プロダクトオーナー」の役割が不可欠です。
「みんなの要望を等しく聞き、取り入れること」は、一見正解に思えますが、実は失敗への近道です。限られた予算と時間で「目指すゴールはどこで、そのために何を選ぶのか」を決め、価値を最大化する。その役割こそが、今あらゆる現場で求められているのです。
あなたのチームに、本当の意味でプロダクトの価値を生み出すための働きかけができるプロダクトオーナーはいますか?
プロダクトオーナーがまず行うのが、プロダクトゴールの策定(発見)を行うこと。続いて、そのプロダクトゴールをもとにした優先順位づけや可視化です。
また、優先順位を決める過程では「やらないことを決める」のも非常に重要です。
関係者から出てきた様々な要望を、プロダクトゴールと照らし合わせて「その要望は今すぐに対応できない」と伝える場面も少なくありません。
それによって角が立ってしまったり、抵抗が生まれたりするおそれもあります。関係者との円滑な関係構築のため、プロダクトオーナーは優先順位の高いアイテムを説明したり、既存機能の活用で目的が達成できないかといった調整をしたりしながら、粘り強い対話も必要となるでしょう。プロダクトオーナーは、単なる調整役や御用聞きになってしまってはいけないのです。
100の要望の中から、本当に人を幸せにする本質を見極め、取り掛かる優先順位を決めていく。このマインドセットが、真のプロダクトオーナーへの第一歩です。
「プロダクトオーナーって、システム開発の話でしょ?」
もしそう思っているなら、非常にもったいないです。実は、私たちが日常的に取り組んでいる仕事の多くは「プロダクト」として捉え直すことができます。
例えば、社内の「新人研修プログラム」を考えてみましょう。人事が「うちの会社はこれに決めているから」と、毎年同じメニューを実施するだけでは単なる「作業」に過ぎません。しかし、「新人が自信を持ち、現場で活躍する」という具体的な成果(価値)を目的とし、そのために内容を磨き続けるなら、それは立派なプロダクトです。
新人の反応を見て、「この講義は不要だった」「代わりにこのワークを増やそう」と、提供する価値を改善し続ける。このとき、担当者は「プロダクトオーナー」としてふるまっています。「決められた研修を消化すること」ではなく、「現場で活躍する社員を増やす」というビジネス価値に全責任を負っているからです。
新規事業、マーケティング、さらには組織改革まで、最終的に狙いたいビジネスインパクトを生み出すために「誰かに価値を届け、反応を見て、さらに良くしていく」というサイクルは、共通して重要だと言えます。
計画を完遂することが目的だったこれまでの働き方から、価値を定義し、変化に合わせて、プロダクトの価値を最大化するというゴールを目指して優先度を決める「プロダクト志向」の考え方へ。これはIT部門だけでなく、変化の激しい時代を生き抜くすべてのリーダーにとって必須の、最強の武器になります。
さて、ここからは少しデジタルの世界(DX)に目を向けてみましょう。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が発表した「DX 動向 2025」によれば、「『全社戦略に基づき、全社的にDXに取組んでいる』の割合は、米国と同等程度であり、ドイツよりも高い」にもかかわらず、「成果が出ている」と回答した割合は米国やドイツよりも2割ほど少なかったそうです。
また、その成果の内訳も、コスト・工数削減や業務効率化が中心で、収益や顧客満足度の向上までは実現できていない傾向があることもわかりました。
なぜ、多くの企業のDXは停滞してしまっているのでしょうか?
最大の原因は、デジタル化という「手段」が「目的」にすり替わっていることにあります。
「最新のAIを使えと言われたから」
「『DX』がトレンドになっているから取り組まなければ」
そんな動機で走り出すプロジェクトには、肝心の「誰のために、何を変えるのか」というオーナーシップが欠如しています。結果として、組織にとってあまり意味のない施策やツールに予算が投じられることになるのです。
ここでも重要なのが、プロダクトゴールを策定し、その実現のために関係者に効果的に働きかけ、対話を重ねるプロダクトオーナーの存在なのです。
実は、日本国内の現状を見ると、「スクラムマスター」の認定資格を持つ人は増えていますが、投資対効果の高め方、チームやステークホルダーとの関わり方、透明性を高めるためのテクニックなど、「プロダクトオーナー」として必要なスキルやマインドセットを習得している人は圧倒的に不足しています。
「プロダクトオーナーを育てる時間も予算もない」
……そんな声も聞こえてきそうですが、実は、優秀なプロダクトオーナーがいないことで支払っているコストの方が、はるかに高くつきます。
プロダクトオーナーに立てた人材が判断を誤り、価値に直結しない機能を一つ開発するだけで、1スプリント(1~4週間)分の、チーム全員の人件費と時間が失われます。しかし、その現場に確かな目利きを持つPOがいれば、「これは作らない」と決めることができ、生まれた余白(リソース)を真に価値ある機能へ集中させることができます。
POの育成はコストではなく、プロダクトのROIを長期的に引き上げる可能性を高める価値ある施策であり、リターン確実な「投資」なのです。
プロジェクトの完璧な遂行のみの追求や形骸的なDXを卒業し、真に顧客に愛されるプロダクトを生み出すために。今こそ、あなたの組織に「オーナーシップ」という魂を吹き込む時ではないでしょうか。
プロダクトオーナーとして、チームが成功するために正しい方向へ導くリーダーとなるために、成果の適切な測定方法や、関係者と協働するためのコミュニケーション方法、より良いビジネス成果を達成するための実践的なノウハウなど必要なスキルを学びます。
ディスカッションと実践的演習中心の参加型学習体験を通じて、翌日の現場から即実践できる「価値あるプロダクト」を創出するプロセスをワークショップ形式で体得します。
コースには、世界中で認められた『Professional Scrum Product Owner I (PSPO I)』 認定試験を含みます。
株式会社ITプレナーズジャパン・アジアパシフィック 取締役
最上 千佳子
システムエンジニアとしてオープン系システムの設計、構築、運用、教育など幅広く経験。2008年、ITサービスマネジメントやソーシング・ガバナンスなどの教育とコンサルティングを行う日本クイント株式会社へ入社。2012年3月、代表取締役に就任。ITプレナーズジャパン・アジアパシフィックとの統合を経て、現職。ITサービスマネジメント、リーン、アジャイル、DevOpsなど、ITマネジメントの強化によってビジネスの成功に貢献するためのコンサルティングに従事。
社内では、IT用語を使わずにアジャイルの本質を理解できる体験型ワークショップ「アジャイル・レストラン」を開発し、メイン講師を担当。
株式会社Aoba-BBT
システム開発本部 本部長
原 秀文
建築積算管理システム、外資系生命保険ECサイト等の開発などを経て、株式会社ビジネス・ブレークスルーに入社。システム開発本部本部長として教育現場のDXに携わり、教育システムAirCampusの内製開発を主導。2016年からスクラムを社内に導入し、開発チームと直接対話しながらプロダクト開発の現場で多くの時間を過ごす。2019年12月より、ITプレナーズジャパン・アジアパシフィック取締役を兼任。
Salesforce SFUG CUP 2022ファイナリスト
AirCampusは2015年日本eラーニング大賞厚生労働大臣賞受賞
Scrum.org認定「Professional Scrum Master™ III」保有