スクラムマスターのジャーニーは、一つとして同じではありません。上級者へと至る過程には多様な壁や苦悩があり、そこへ向き合って乗り越えていく過程があります。自らの役割を深化させ続けるための「成長のロードマップ」にはどのようなものがあるでしょうか?
エンジニアとして十数年にわたって経験を積んだ後、スクラムマスターへとキャリアチェンジを果たしたパナソニック コネクト株式会社の高松慶さん。スクラムマスターとして活動する中で、様々な壁にぶつかりながら、組織の変革を促すチェンジ・エージェントとしての役割を模索してきました。
本記事では、高松さんが受講された「Professional Scrum Master™ – Advanced (PSM-A) 研修」の担当講師であるグレゴリー・フォンテーヌさんがインタビュアーとなり、スクラムマスターとしての成長の軌跡、PSM-A研修での学び、そしてAI時代における役割の進化について、お話を伺いました。
高松さんは、私が講師として登壇した「Professional Scrum Master™ (PSM)」「Professional Scrum Master™ – Advanced (PSM-A)」「Professional Scrum Product Owner™ (PSPO)」と3つもの研修を受講してくださいました。お会いするのは、昨年のリアルイベント「Scrum Sunrise」以来ですね。まずは、高松さんの現在のお仕事内容と、スクラムマスターとしての役割について教えてください。
私は社内でスクラムマスターやアジャイルコーチのような立場を担っていて、ちょうどこれから新しいプロジェクトに参画していく予定です。スクラムマスターになる前は、長年エンジニアとして働いていました。3年前の部署異動のタイミングで、上司から「スクラムマスターをやってみないか」と声をかけられ、そこから完全にジョブチェンジをすることになりました。
エンジニアとして長く活躍されていた中で、なぜ上司の方は高松さんにスクラムマスターを任せようと考えたのでしょうか。
以前の職場で経験したエピソードを面談で話したことがきっかけだったと思います。当時の職場は、立場や役割の違いからコミュニケーションのすれ違いが起きやすく、連携の難しさを感じる場面がありました。その中で、私が間に入って対話を整理したり、認識合わせを行ったりすることで、メンバーがアウトプットを出しやすくなった経験がありました。そういった点を見て、「スクラムマスターに向いているのではないか」と感じてくれたのだと思います。
スクラムマスターとして活動されてきた中で、これまでに直面した課題や壁にはどんなものがありましたか?
最初は専任のコーチもおらず、見よう見まねでやるしかありませんでした。周りから「単なるファシリテーションの専門家」と誤解されたり、自分自身でも最初はそう勘違いしていた部分がありました。プロダクトオーナー(以下、PO)とは、アジャイル・スクラムについての認識の違いもあり、チームの状況や課題感を共有することに苦労しました。
多くの壁がありましたが、特に大きな壁だったのは、私自身のチームへの関わり方です。
最初は私がスクラムのイベントなどを全てリードして進めていました。しかしそれを続けていると、メンバーも「スクラムマスターがやるものだ」と認識し、やがてチームがスケールしていくうちに回らなくなってしまいました。ようやくメンバーに任せる必要があると気がついて変えていったことで、良くなっていきました。
その「チームの依存」に気づき、どのように姿勢を変えていったのでしょうか。
自分が別のチームも見なければならなくなった時、メンバーに任せることにすごく不安を感じました。自分がいなくてもちゃんと会議が回るのかと。実際に任せてみると、私がファシリテーションしなくてもいい意見が出たり、いない方がいい意見が出ることもあったりして、メンバーが主体性を持ってやってくれていました。そこで仕組みを作り、慣れてきたらメンバーに任せるというスタンスに大きく変わりました。
最初はチームに背中を見せる意味でリードすることもありがたがられますが、徐々にチームの成熟度に合わせて自分のスタンスを調整していく必要があったのですね。
この他に、スクラムマスターならではの貢献をしたエピソードはありますか?
POと認識が合っていなかった話の続きなのですが、POは忙しくて、なかなかまとまった時間をとってコーチングするのは難しい状況でした。そこで、プロダクトオーナーの基本について学べるProfessional Scrum Product Owner™ (PSPO)研修を一緒に受講することを提案しました。結果として、同じ研修を受講して同じ学びを得たことで、「こういう考え方だよね」という共通認識が作りやすくなり、スムーズに意思疎通ができるようになりました。
お二人の関係性も強くなったのかな? 同じことを経験することで、本当のパートナーになりますよね。
そうですね。相互理解のためにも何か同じ体験をしたいと思っていたので、声を掛けてよかったと思っています。一緒に経験しないとわからないこともあると思います。
多くの課題と向き合う中で、ご自身が成長するためにどんなことを心がけていましたか?
意識していたのは、外部からのコンサルティングや新しいプラクティスを一気に導入するのではなく、小さく試して実験していくということです。全部を「正しいからやりましょう!」と押し付けてしまうと、「やらされ感」が出て機能しなくなることを経験で学んでいたので、自分たちのチームに何が効果があるのかを一つひとつ検証していくマインドセットを心がけていました。
なるほど。うまくいくかどうかは分からないけれども、とりあえずやってみようというマインドセットを取り入れたのですね。いいですね。成長のために心がけたことは他にありますか?
外部のアジャイルイベントや、公開コミュニティの「Scrum Masters Night!」などにも積極的に参加しました。オープンスペーステクノロジー(OST)などで、他の企業の方に自分が困っていることを相談し、たくさんのヒントを得ました。
社内でもスクラムマスター同士のコミュニティを作り、一人で孤独にならないようにネットワークを持ちながら進めることを強く意識しています。
成長のための勉強やキャッチアップもされていると思いますが、「Professional Scrum Master™ (PSM) 研修」を受講された後、さらに上位コースである「PSM-A研修」を受講した動機は何でしたか?
スクラムマスターの成長段階として、いくつかのレベルがあると考えています。最初は「自分のチームをしっかり見れる」レベル。次に「複数チームやステークホルダーと連携できる」レベル。さらに「組織全体にアジャイルをインストールできる」レベルです。私は、日々の実践を通じて自分なりにチームの状況を捉えられるようになってきたので、次の段階に進むために、より広い視点を学べるPSM-Aを受講しようと思いました。
PSM-Aは、自チームで自己管理し、毎スプリント完成したインクリメントを届ける経験を一通り積んだ方を対象としています。そういった土台があってこそ、本研修の学びが活きるからです。
自チームで自己管理し、毎スプリント完成したインクリメントを届ける経験をしたからこそ、PSM-Aの学びが活きるからです。実際に受講してみて、いかがでしたか?
PSM研修とは異なり、POとの関わりや、複数チーム、ステークホルダーへのアプローチなど「チームの外」の話が非常に多かったです。まさにアドバンスだと感じました。
特に印象に残っているのは、コンフリクトマネジメントのワークです。人が怒るまでの段階をどうコントロールするか、言うことを聞いてくれない人とどう向き合うかなど、非常に実践的な内容でした。現場でも、ワークで学んだ問題の捉え方やコミュニケーションの工夫を意識するようになりました。
PSM-A受講者が継続的に学びや気づきを得る場として、過去の受講者が一堂に会し、OSTやワークショップなどを実施してきたコミュニティ「PSM-A REUNION」があります。(※2024、2025年にリアルイベント「Scrum Sunrise」と同時に開催)
高松さんにも参加いただいていますが、どう感じていますか?
REUNIONには過去2回参加しました。OSTや「Troika Consulting(トロイカ・コンサルティング)」のような対話型ワークショップを体験し、自分自身でその効果を実感できたのは大きな収穫でした。その手法を職場やプロジェクトに持ち帰り、実際に試すことができたので、非常に良い経験になったと感じています。
イベントの場では多くの学びがある一方で、その後も継続的に参加者同士がつながれる仕組みがあると、より良いと感じています。Discordのコミュニティもありますが今後は困った時に気軽に相談したり、個別に声を掛け合えたりするような、よりアクティブなつながりの場になると嬉しいですね。
ご意見ありがとうございます。確かに、今のREUNIONはまだ完璧ではないかもしれませんが、やはり研修を受けて終わりではなくそのあとのフォローアップとして、学び合える仕組みは今後も継続して作っていきたいですね。
スクラムマスターになりたての頃と今を比べて、役割に対する考え方や振る舞いで一番変わったと感じる部分は何ですか?
最初は自分がすべてをファシリテーションし、細かいところまで管理する意識がとても強かったです。しかし今は、仕組みを作り、慣れてきたらメンバーに委ねるスタンスに変わりました。私は元々細かいところに気づいてしまう性格で、例えばタスク管理ツールでステータスが更新されていないと気になってしまいます。ですが、そういう本質的ではない部分を指摘しても、メンバーがそこに価値を感じていなければ意味がありません。今は管理するのではなく、メンバー自身が効率的だと思える方法を提案し、見守ることを覚えました。
英語ではそれを「Pick your battles(戦うべき場面を選べ)」と言います。つまり、解決したい問題が100個あってもすべてに対処するのは不可能です。細かいことまですべて指摘していると「スクラムポリス」になってしまい、自分も周りも疲弊してしまいます。
そうですね。スクラムポリスのようになってしまうのは避けたい、という点には同感です。
学びを実践に活かしてきた中で、今の現場で感じている悩みや、これから挑戦したいことはありますか?
プロダクト開発において、「仮説検証」がうまくできていないプロジェクトが多いことが大きな悩みです。ロードマップが、結果として機能の羅列に近い形になってしまうケースも少なくないと感じています。
今後は、ただバックログを消化するのではなく、「何を作るべきか」「どう仮説検証していくか」という上流の部分を考えてもらえるよう、プロダクト側の支援を強化していきたいと考えています。
私が最近支援している営業組織にはエンジニアがいませんが、彼らは顧客中心のマインドセットを自然に持っており、毎日サクッと仮説検証を回しています。ソフトウェアエンジニアリングの世界では、それがまだ当たり前になっていない気がします。
しかし、AIの普及によってコーディングそのものが開発のボトルネックではなくなってきています。そのおかげで、これからはより多くのチームが価値の最大化やプロダクトディスカバリー(仮説検証)にフォーカスし始めると期待しています。
私も全く同感です。今現場でもAIを使って早く検証を回す方針が出始めています。だからこそ、本当に顧客の要望を取り入れられているのか、正しい仮説検証ができているのかにフォーカスする必要がありますね。
スクラムマスターをしていて一番の喜びを感じるのはどんな瞬間ですか?
大きく二つあります。一つは、お客様に喜んでもらえるプロダクトが作れたという確かな成果が出た時です。もう一つは、メンバーが大きく成長したり、アジャイルへの理解が深まったりした姿を見た時です。私は人が好きなので、人の成長に携われることが本当に嬉しいですね。
今後1〜2年で、AIの普及に伴いスクラムマスターの役割はどう進化していくと思いますか?また、ご自身のキャリアはどう考えていますか?
AIの進化で「どう作るか」の部分は自動化されていくからこそ、「何を作るか」「どう仮説検証するか」の重要性が格段に上がります。スクラムマスターとしても、プロダクトマネジメント側を支援するスキルがこれまで以上に求められるはずです。作ったバックログが、十分な価値検証がされないまま進んでしまうことを防ぐために、上流に重きを置きたいです。
私がPOになるという選択肢もあるかもしれませんが、最終的には「人」や「組織」の変革を支援する側にいたいという思いが強いです。開発を推進するPOやステークホルダー、そしてお客様など、様々な人に興味を向けながらサポートを続けていきたいと考えています。
AIによってエンジニア一人あたりの生産性が上がる分、減らすのではなく、空いたキャパシティでチームの守備範囲を広げていく。例えば、マーケティングや営業の担当者を同じスクラムチームに迎えるといったように。そうすれば、チーム内で仮説検証がはるかにやりやすくなります。そうなると、スクラムマスターの役割や支援の幅も大きく変わってきますね。
確かにそうですね。これまではエンジニア中心のチーム構成でしたが、AIを活用すれば営業や様々なステークホルダーが入った多横断的なスクラムチームが実現できますね。そうなった際にも、多様なメンバーをつなぎ、仮説検証を推進する支援は絶対に必要だと感じます。
最後に、現在スクラムマスターをされている方やこれから目指す方に向けて、メッセージをお願いします。
日本では縦割り組織の文化が残っており、アジャイルやスクラムが理解されにくい環境があると思います。だからこそ、それを改善していくスクラムマスターは非常に重要な役割を担っています。いきなり全てを完璧に進めようとするのは難しいと思うので、まずは1つのチームの支援から始め、徐々に複数チームの支援、そしてPOやステークホルダーの支援へと、少しずつステップアップしていくことをおすすめします。
私からも一つ補足させてください。一つだけのチームしか経験していないと、そのチームで上手くいったやり方が「絶対的な正解(ベストプラクティス)」だと勘違いしてしまう恐れがあります。別の業界や環境、異なる特性を持つチームを見た時に、全く通用しないことに気づくはずです。複数のチームを見ることで、自分の中のパターンがブラッシュアップされ、ケースバイケースの対応力が身につきます。
おっしゃる通りですね。複数チームを見ることで、チームごとの課題の違いが見え、チームを超えたコミュニケーションを支援するスキルも培われます。
そして最後に何より伝えたいのは、「社内外にコミュニティを持ち、一人で悩まないでほしい」ということです。一人で抱え込んでも解決しないことはたくさんあります。
その通りですね。世の中にはすごいパワーを持ったスクラムマスターがたくさんいます。自分には見えていない視点や武器を持っている方々と、ぜひ積極的に接点を増やしていってほしいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
スクラムマスターという役割は、本当に奥が深く、面白い仕事です。経験主義を体現し、アジャイル開発を深く理解し、自己管理型のチームを育てていく。
PSM-A研修は、多くの受講者にとって自分の役割の捉え方が変わるターニングポイントになっています。スクラムマスターの新たな側面に気づき、「現場に戻ってすぐに試したいことがたくさんある」と、新しいアイデアを持ってエネルギッシュにクラスを後にされる方が本当に多いです。
そして、研修は新しいつながりが生まれる場でもあります。同じ志を持つスクラムマスター同士が出会い、現場の悩みや工夫を交換する。実際、PSM-Aの受講者は卒業後もコミュニティとして定期的に集まり、学び合いを続けています。研修の扉を叩いていただければ、そんな仲間との出会いがきっと待っています。
パナソニック コネクト株式会社
サプライチェーン、公共サービス、生活インフラ、エンターテインメント分野向けに、機器・ソフトウェア・各種ソリューションを提供。
ITプレナーズでは、Scrum.org™が提供する、グローバルに通用するスキルが身につくスクラム研修を実施しています。単なるフレームワークの理解にとどまらず、現場での本質的な課題解決能力を養いたいスクラムマスターの方々に強くおすすめします。
スクラムをこれから始める人、スクラムマスターとして活動し始めた人におすすめです。スクラムの基本を理解する、演習中心のインタラクティブなコースです。
組織全体へのアプローチやステークホルダーとの関わり方など、より実践的で応用的な内容を扱い、現場で起こる複雑な課題に対応する力を身につけます。スクラムマスター経験1年以上の方を主な対象とした上級コースです。
PSM-A REUNIONは、ITプレナーズまたはOptilearn社にて、Professional Scrum Master™ – Advanced (PSM-A)研修(旧名称PSMII)を受講された方々が、研修受講後も継続的に学び続けることを目指す受講者コミュニティです。オンラインまたはオンサイトで不定期に行われる交流会では、本記事中でも言及があったワークショップや、OST(オープンスペーステクノロジー)を通じて、同じ学びを背景に持つ実践者同士の交流によって、悩みを相談し合ったり、新たな学びや気づきを得られる場を目指し活動しています。
This class will be delivered by Optilearn, a member of Scrum.org’s Partner Training Network.